わたしの宝物ネタバレ第3話〜美羽の語り
赤ちゃんの産声が響き渡った瞬間、私の心は喜びと痛みで引き裂かれそうになった。
宏樹の腕の中で、その小さな命が初めての泣き声を上げる。夫の頬を伝う涙を見て、私は息を呑んだ。なぜ泣いているの?あなたはその理由を知らない。でも私は―。その涙の意味を本当は理解できないふりをしなければならない。
真琴が言ってくれた言葉が頭をよぎる。「これからは、あなたの選択を貫くしかないのよ」と。そう、これは私が選んだ道。愛する人との子どもを、愛する夫の子として育てていく―この残酷な選択を。
私の名前「美羽」は父が付けてくれた。その思い出が、今の私を突き動かした。「宏樹さん、赤ちゃんの名前を付けてくれない?」その言葉を口にした時、心臓が早鐘を打っていた。これは私なりの償いであり、宏樹への愛の証。
そして稜が生きていた。大規模テロの犠牲者として報じられていた彼が、突然帰国したという知らせ。私の中で何かが揺れ動く。でも、もう後戻りはできない。この子は宏樹の子として育てると心に決めたから。
宏樹は名前を考えながら、きっと悩んでいるはず。彼には父親になる自信がないと言っていた。でも、赤ちゃんを抱いた時の涙。あの純粋な感動は、きっと本物だった。
私は選んだ。嘘をつき続けることを。愛する人たちを傷つけることを。でも、この小さな命を守るために。これが私の決意―そして、私の宝物を守るための覚悟。
わたしの宝物ネタバレ第3話〜宏樹の語り
私の妻・美羽は、私の子を身ごもっている。やっと授かった新しい命。これで私たちの家庭も、完璧に近づくはずだった。
結婚して5年。子どもが欲しいと願う美羽のために、私なりに努力をしてきたつもりだ。一流企業で実績を重ね、マイホームも手に入れた。理想の家庭を築くための土台は、着実に固めてきた。
だが、最近の美羽は、どこか虚ろな目をしている。
「料理がまずい」「掃除が行き届いていない」──確かに、私の言葉は厳しかったかもしれない。だが、それは全て美羽のため。より良い妻になってほしいという願いからだった。完璧な家庭を作るために必要なことだと信じていた。
それなのに、美羽の瞳から少しずつ光が消えていった。外出も減り、黙って家事をこなすだけの日々。まるで、かごの中の小鳥のように。そんな妻の変化に気付きながら、私は無視することを選んでいた。
あの夜も、仕事帰りに一杯引っかけて帰宅した私は、またも厳しい言葉を投げつけていた。酔いに任せて、強引に妻を求めてしまった。翌朝、美羽の姿が見当たらず焦ったが、昼過ぎには帰宅していた。どこにいたのかは聞かなかった。聞けなかった。
そして数週間後、待ち望んでいた報告を受けた。妊娠──。「あなたの子よ」という美羽の言葉に、心のどこかで引っかかるものを感じながらも、私は素直に喜びたかった。
これで私たちは、本当の家族になれる。新しい命の誕生で、これまでの歪みも修正されていくはずだ。私は、妻への態度を改めよう。もっと優しく接しよう。そう決意した矢先、テレビがアフリカでの医師の事故死を報じていた。その瞬間の妻の表情が、どこか切なげに映った気がしたが、きっと気のせいだろう。
私たち夫婦の新しい章が、今始まろうとしている。これまでの過ちを認め、妻を──そして生まれてくる我が子を、真摯に愛していこう。それが、夫として、そして父として果たすべき責任なのだから。